忘れ得ぬ恩師~社会教師編②~
小松校
(前回の続きです。)
ある昼下がりの授業の冒頭、先生はあいさつの直後に窓際まですたすたと近づき、そこから見下ろすことのできる中庭を指さしながら、次のように切り出して授業の本題に入られるのでした。
「ごらん。中庭に生徒たちが日向ぼっこして気持ちよさそうに寝そべっているだろう?彼らは受験生で次の授業は空きなんだ。いいかい、『自由』とはこういうことをいうんだよ。よく生徒が中庭で休憩するのはみっともないから禁止だというが、19世紀の哲学者であるJ.S.ミルは『自由論』の中で『他者に害を与えない限り、個人は自由に生きるべきだ(他者危害原則)』と述べている。他人に迷惑をかけないならば、自由時間に自分の好きなことをやることに対してなぜ注意されないといけないんだろう?そのかわり、自由というものには責任がつきものだ。すべて誰かが決めた通りにするのであれば実行する人には責任が生じない。つまり逆説的だが責任感を育むためには『自由』を与えて好きなようにさせないといけないんだ。君らも何でも言われたことだけしたがって受け入れていると、いつの間にか権力から知らず知らずのうちに『自由』を規制されてしまうかもしれないよ。自由や民主主義を守るためにいつの時代も先頭に立ってきたのは学生たちだ。譲れない権利を守るためには時には座り込みをしてでも抗議をするぐらいの気骨があってもいいんじゃないか。ところでミルのいう、自由を制限する根拠である『他者への危害』とはどこまで含まれるだろう?」
生徒を決して子ども扱いせずに、第三者のようにフラットな視点で説かれることにより問題に対して当事者意識を持って考えることができました。学校の授業は聞かずに内職ばかりしていた友人も、佐藤先生の授業だけは毎回その手を止めてうっとりと聞き入ってしまうような魅力的な授業でした。
高3の受験がせまったある秋の日。日本史は最後の追い込みとして戦後史を迎えます。そこで日本国憲法9条の成立過程についてふれる授業がありました。
「『前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。』この『前項の目的を達するため』という文言は草案にはもともとなかったんだけど、元首相である芦田均が付け加えるように提言したんだ(芦田修正)。たったこれだけの言葉を入れることによってどういう風に憲法の読み方が変わる?」と私に鋭いパスが飛んできました。
私は合っているか自信がありませんでしたが、「前項以外の目的」であれば陸海空軍その他の戦力を保持してもよいことになるのではないでしょうか?と答えました。
先生の眼鏡の奥がキラリと光り、ニコッとされました。
「その通り! さすがだ。つまりこの言葉が無ければ日本は無条件に戦力を放棄することは明らかだけど、この言葉があることによって国際紛争以外の自衛戦争や国際支援のためであればいくらでも戦力を持てる可能性も生まれたわけ。芦田均はそこに気づいたわけだねぇ。たった一言付け加えるだけで意味が全く変わってしまうでしょ。いいかい?大学に行っても法律っていうのはこういう”反対解釈”という読み方をして考えるんだよ。」
法律を勉強したいと常々先生に言っていた私に、その適性と覚悟はあるのか、法学部出身だった先生は最後に問うてくださったのだと思います。この一言によって早く大学に行って勉強したい!とウズウズして大学では実際に法律を専攻しましたが、振り返ってみるとその先に出会ったどんな権威ある大学教授の講義よりも、この時の先生の授業のほうが法学の”勘所”を押さえていた気がしてなりません。それはやはり大人数に向けられた大学の講義とは違って、個人的に信頼関係を結んでいた先生から発せられた問いが熱意を持って私一人に真っ直ぐ向けられていたからだと思います。人は論理(ロゴス)だけでなく情熱(パトス)がなければ心は動きません。佐藤先生に認められ、褒められるということが何よりも勉強のモチベーションになっていたのだと思います。
どれだけ成功したとしても師と呼ぶべき尊敬できる人物を持たない人生は振り返った時に寂しいものだと思います。師の姿は自分の進む方向がずれた時にいつも正しい軌道に引き戻してくれます。私が中一の時に幸いにも巡り合えた佐藤先生の年齢に、もはや私自身が近づきつつあるなか、先生の姿を思い出すたびに、本当に自分は先生のように現在の子どもたちに対して「大人」としての責任を果たせているのか胸中に厳しく問うてしまいます。
高校卒業後も母校を訪れて話を聞いていただいておりましたが、すっかり年齢的には大人になってしまったいま、無類の酒豪である先生にねぎらいを込めてお酌をしながら、心は少年時代に戻ったように久しぶりに歴史談義をふっかけることをまたとない楽しみとして夢想しつつも、現在重職を担われる先生の仕事が落ち着く日までしばらくはその夢をお預けにしておきたいと思います。
(恩師との絆は人それぞれです。恩師との思い出を振り返り、感謝する秋にしたいですね😉 次回の「無限恩師編」もお読みいただけると幸いです♪)

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